名曲「初恋」の作曲家越谷達之助を偲び、その世界を伝える
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高等部OB,作曲家として活躍する渡辺俊幸さんの公式ページで越谷先生の想い出が語られています。
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新HP誕生

 これまで越谷達之助記念会ではこのブログ並びに事務局青木の個人HPを使って皆様に情報を発信して参りましたが、この程新たに公式HPを立ち上げました。
URLは次の通りです。http://www.composer-koshitani.net/
新HPはこちらからご覧下さい。

 これから更新を続け更に充実したHPにして参りますが、今しばらくはこのブログも継続してご覧頂けるように残しておきたいと存じております。どうぞ公式HPを是非ご覧いただき、ご感想、ご意見、ご要望をお聞かせ下さいますようお願い申し上げます。

 
 
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# by tatsunosukememory | 2015-07-10 13:23 | 越谷達之助記念会

次回のコンサート

 越谷達之助記念会では次の日時、会場でコンサートを開催する事としました。

*日時:来年(2016年)1月24日㈰の午後2時より
*会場:東京建物八重洲ホール (東京駅八重洲口前)
*出演:新南田ゆり(Sop.) 今福充(T) 青木 純(Ten.朗読)  栗原香代子(ピアノ)
*予定演奏曲目:歌曲集「野葡萄の紅」全曲  「啄木によせて歌える」から 「日本の哀愁」から。
 「名曲『初恋』誕生」の短いお芝居もご覧下さい。
*入場料:3000円(全自由席)

 
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# by tatsunosukememory | 2015-07-02 00:14 | 記念コンサート

和歌山師範時代の写真

 先日、越谷先生が和歌山師範学校時代に習われたという方の貴重なお話しを掲載させて頂きましたが、今度はやはり同じく、和歌山師範で先生が教鞭をとられていた頃、先生からピアノの出張レッスンにご自宅まで来て頂いていたという、大正10年生まれ、93才になられる旧姓U・Yさんのご家族から、大変に貴重な当時の先生のお写真をお送り頂きましたので掲載させて頂きます。
c0182894_101246100.jpg
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 先生のサインの下にJen.21stと読める部分があるので恐らく1月21日だと思われますが、その後が/aのような感じでよく分かりません。先生が和歌山に赴任されたのが昭和6年のことなので、6年、または8年と記されているのかもしれません。

 U・Yさんは施設でご療養中とのことでお話は伺えませんでしたが、ご家族の話では、お母様が伴奏をされてよくご家族やご近所の方々とコーラスをされたりという、音楽に親しまれたご一家だったそうです。

 越谷先生から受け継がれた、音楽を愛される心に溢れた人生を送ってこられた、我々越谷先生の教え子達の中の大先輩、U・Yさんのますますのご長寿とご家族の皆様のお幸せをお祈りします。

 越谷会では、先生を直接ご存知の方々のお話し、こうした写真、あるいは録音など求めております。ご協力頂ける方はどうぞご連絡下さいませ。
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# by tatsunosukememory | 2014-11-17 10:26 | 和歌山師範学校

和歌山師範学校附属小学校での教え子 - 2

 先日ブログでもご紹介した、越谷先生に和歌山師範学校付属小学校で習われたという、93才になられるY.Mさん(女性)に、事前にいくつか質問事項をお送りしてから当事務局の大橋が電話させて頂き、伺ったお話をご紹介します。

質問1:
*師範学校と兼任で小学校でも教えておられたのでしょうか?

ご回答:
旧教育制度
付属小学校6年 ⇒ ・高等科2年(教員志望者のみで少数) ⇒ 師範科(本科)
          ・和歌山高等女学校(女子の大半)
          ・和歌山中学(男子の大半)

*Yさんが、付属小5年時に越谷先生が和歌山師範に赴任して来られたので、小5、小6 と習った。
*先生は学校(東京音楽学校・現東京芸大)出たてで、単身赴任。
*付属小、高等科、師範科は同じ敷地内にあって、音楽室、講堂を一緒に使っていた。
*師範科の先生として赴任されたが、小学校も同時に教えておられた。
*師範科の音楽会も一緒に聞くことが出来た。
*音楽会のステージで先生がテノールで独唱されているのを覚えているが、何を歌ったか は覚えていない。


質問2:
*どんな授業でしたか?
*当時先生から教えていただいた歌で覚えておられる歌はありますか?

ご回答:
*授業は熱心だったが、特に厳しかったりすることもなく、普通だった。
*素敵な先生というイメージしかない。
*イギリス国歌を黒板にカタカナで書かれて、それを教わった。今でも2番の途中まで歌 える。

質問3:
*先生がどんなところにお住まいだったかご存知(だった)ですか?

ご回答:
*当時の小6は受験勉強で忙しく、部活などもなかったので、自宅に遊びに行くなどの  ような交流はなかった。

質問4:
*先生はいつおやめになって東京に行かれたのか覚えておられますか?
 その時の経緯について何かご存知のことはないでしょうか?

ご回答:
*自分は、高等女学校に進んだので、先生がいつ和歌山を離れたか、その後は知らなかった。
*多分教員を続けているのだろうと思っていたら、30年位前に、新聞で名前を見てびっ くりした。俳優をやっていたとは想像もしなかった。
*Yさんの弟(10歳下、和歌山在住)に、いろいろ調べてもらったことがある。
 和歌山師範は、現在、和歌山大学教育学部になっているが、越谷先生の在職記載はなか った。教わったのは事実なので理由は不明。

質問4:
*その他何か先生のことで知っておられることがあったらお聞かせ下さい。

ご回答:
*石桁真礼生(いしけた まれお / 作曲家)は、山田さんの5年先輩で、師範科で越谷 先生に習っておられる。

 貴重なお話を伺わせて頂いたY.Mさん、そしてご協力下さったご家族の皆さんにも心から御礼申し上げます。本当にありがとうございました。


☆越谷先生に関するお話しを聞かせて頂ける方がいらっしゃいましたら、どうぞ事務局までお知らせ下さいますようお願い致します。
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# by tatsunosukememory | 2014-07-28 16:17 | 和歌山師範学校

和歌山師範学校附属小学校での教え子

 越谷先生が東京音楽学校(現東京芸大)卒業後すぐ、昭和6年から和歌山師範学校(現和歌山芸大)に赴任されたという事は資料として残っています。当時和歌山師範の付属小学校で越谷先生に習われた、93歳になられる女性(以降Y・Mさん)からコンタクトがあり、電話でお話を伺うことが出来ました。

 ご存知だった方もおられるとは思いますが、附属小学校でも教鞭をとっておられた事は筆者(青木純)は知りませんでした。赴任された昭和6年に越谷先生はまだ22歳、Y・Mさんが習われたのは昭和10年頃とのことなので先生は20代半ば。Y・Mさんは最近ご家族の方がネットで越谷先生の資料を調べて見せて下さったそうで、先生の60代半ば頃の写真をご覧になり、自分の覚えておられた若い先生の面影と比べて「なんと歳をとられた事!」と思われたとか。

 当時の先生は「大変熱心に教えて下さる先生だった」とのこと。筆者など青山学院高等部時代の教え子は皆一様に「熱心で、優しい先生」という印象を持っていますが、その前に教鞭をとっておられた世田谷区立新星中学校(現在は池尻中と統合し世田谷区立三宿中学校)時代の教え子の皆さんは一様に「熱心で、厳しい(怖い)先生だった」という印象をお持ちです。この点和歌山時代の先生は?と伺うと、「怖くはなかった」というお答えでした。

 Y・Mさんのお父様が、越谷先生と大変親しかったテノールの奥田良三先生(1993年没)とお知り合いだったと云うこともあり、今も毎日必ず奥田先生の歌う「初恋」を聴いておられるとか。また先生が戦前俳優として映画で活躍されていた時代もリアルタイムでご存知だったとか。

 若い頃の先生を知っておられる方々がほとんどおられなくなっている現在、貴重なお話を伺うことが出来ました。電話でのお声とお話しぶりはとても93歳(今年94歳になられるとか)とは思えないしっかりとしたものでした。末永くお元気でお過ごし頂きたいと念じております。

 
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# by tatsunosukememory | 2014-06-22 12:27 | 和歌山師範学校