名曲「初恋」の作曲家越谷達之助を偲び、その世界を伝える
by tatsunosukememory
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31


和歌山師範学校附属小学校での教え子

 越谷先生が東京音楽学校(現東京芸大)卒業後すぐ、昭和6年から和歌山師範学校(現和歌山芸大)に赴任されたという事は資料として残っています。当時和歌山師範の付属小学校で越谷先生に習われた、93歳になられる女性(以降Y・Mさん)からコンタクトがあり、電話でお話を伺うことが出来ました。

 ご存知だった方もおられるとは思いますが、附属小学校でも教鞭をとっておられた事は筆者(青木純)は知りませんでした。赴任された昭和6年に越谷先生はまだ22歳、Y・Mさんが習われたのは昭和10年頃とのことなので先生は20代半ば。Y・Mさんは最近ご家族の方がネットで越谷先生の資料を調べて見せて下さったそうで、先生の60代半ば頃の写真をご覧になり、自分の覚えておられた若い先生の面影と比べて「なんと歳をとられた事!」と思われたとか。

 当時の先生は「大変熱心に教えて下さる先生だった」とのこと。筆者など青山学院高等部時代の教え子は皆一様に「熱心で、優しい先生」という印象を持っていますが、その前に教鞭をとっておられた世田谷区立新星中学校(現在は池尻中と統合し世田谷区立三宿中学校)時代の教え子の皆さんは一様に「熱心で、厳しい(怖い)先生だった」という印象をお持ちです。この点和歌山時代の先生は?と伺うと、「怖くはなかった」というお答えでした。

 Y・Mさんのお父様が、越谷先生と大変親しかったテノールの奥田良三先生(1993年没)とお知り合いだったと云うこともあり、今も毎日必ず奥田先生の歌う「初恋」を聴いておられるとか。また先生が戦前俳優として映画で活躍されていた時代もリアルタイムでご存知だったとか。

 若い頃の先生を知っておられる方々がほとんどおられなくなっている現在、貴重なお話を伺うことが出来ました。電話でのお声とお話しぶりはとても93歳(今年94歳になられるとか)とは思えないしっかりとしたものでした。末永くお元気でお過ごし頂きたいと念じております。

 
[PR]
by tatsunosukememory | 2014-06-22 12:27 | 和歌山師範学校
<< 和歌山師範学校附属小学校での教... 32年目の命日 >>